暴力は甘えだ

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暴力を振るう人は、暴力を振るう相手に対して甘えている。

だいたい暴力なんてものは、現代社会においては振るった側が負けだ。

社会的にも訴訟される要因を作るだけの愚かな行為だし、暴力を振るい相手に憎まれば反撃され、最悪死ぬことも想定される。

まったく想像力のない馬鹿者としか言いようがなく、どうかしているとしか思えない。

しかし現実に暴力を振るう輩は、この社会にのさばっている。

平気な顔して生きている。

むしろ、平和的な人より得をしている

なぜ社会から排除されないのだろう?

それはみんなが優しいから。

このくらいで訴えたりしたら可哀そうだな
こんなことをするのには、なにか事情があるに違いない
なんて相手の心情を理解しようとする。

暴力を振るっている人に、そんなご大層な理由なんてありはしない。

人に甘え、結果を考えることを放棄し、自分のしたいことだけをし、相手の気持ちを考えない結果、暴力を行使する。

考えられないのではない
どうせ許してもらえるだろうと、高を括っているのだ。

小学生の頃は本当に暴力が多かった。

子供同士もこのくらいでは親に言われないだろうと、友達を蹴ったり殴ったりしたし、教師も保護者に言われない範囲で折檻していた。

中学生になると、さすがに人目に触れる場所では暴力を振るはなくなるが、以前として隠れて暴力は存在していた。

暴力の匂いを嗅ぐたびに、僕は嫌な気分になる。

被害者は加害者に対して、いつかわかってくれるはずだ、この状況は改善されるはずだと信じている。

いつまでたっても状況が改善しない場合、その鬱屈した感情は相手に報復することでなんとか均衡を保つ。

でもそれじゃ駄目だ。

暴力の存在を許さないためにも、気軽に訴えることができる風潮が必要だ。

暴力を受けるたびに、相手をどう殺そうかと妄想し、だけれども親や友達に迷惑をかけるから、実行できない、哀れな少年をこれ以上増やさないために。