そう言えば鼻持ちならない人間だった

Posted on
diary

あまり普段積極的に人と関らないので忘れていたけれども、そう言えば僕は鼻持ちならない人間だった。

人と喋っていても、あいつ性格悪いよな、とか、ムカつくよねといった類いのことは思っているのだろうけれども、本人の前では明らかにされない。

だけれども最近ねとらじという素人でも簡単にネットラジオができる場所で喋らせてもらって、はっきり再認識した。

ねとらじという所は僕を知らない人が僕の話しを聞いて、その感想を掲示板などに書いてもらう。

所謂表の掲示板では、誹謗中傷もそうでもなかったのだが、裏では散々書かれていた。

曰く、
「話しがつまらない」
「上から目線」
「人を小馬鹿にしたような感じ」

それを目にした時めちゃくちゃ凹んだ。

なぜならば僕自身も、僕のことをそう思っているからだ。

昔から人より少しばかり頭が良かったので、周囲の人を見下す傾向がある。

本当によくいるクラスの秀才くんレベルでそれを鼻にかけるのも失笑ものなのだが、まぁ単純に言ってしまえば性格が悪いのだ。

自分の性格の悪さには多大なコンプレックスがあって、これまでは必死に隠していた。

僕があまり人と喋るのが好きではないのもそのせい。

途方もなく惨めな自分をまじまじと見られるのも嫌いだが、そんな自分が目の前にいる普通の人を心のどこかで軽蔑しているのを発見するのが嫌なのだ。

コンプレックス持ちでナルシスト、悲観主義でニヒリスト。

そんな結構付き合いにくい人間が僕だった。

そんな自分だと知っているからこそ、余計に人に優しくしたいし、他人の痛みをわかりたい。

僕が人に優しくする原動力は自分へのコンプレックスだ。

自分が虐げられた存在だから、人がそう言った状態になった時の気持ちがわかるという次元ではなく、こんな性格の悪い自分でもみんなに好かれたいという必死さの表われだ。

自分の姿がわからなくなるまで優しさで塗り固めれば、いつかはその張りぼてが僕になってくれるだろうか?

少なくとも、僕はそう信じて今まで人に優しくしてきた。